備前黒皮かぼちゃの歴史

備前黒皮かぼちゃ栽培の歴史

古い写真の黒皮かぼちゃ畑

かつては日本中で食されていた備前黒皮かぼちゃの歴史を振り返ってみましょう。

明治~大正時代

明治10年(1877年)、広島県田尻地方(現在の福山市)からカボチャの種子が岡山県牛窓地域へ導入され、商業用として栽培されるようになりました。

※当時は「田尻なんきん」と呼ばれていました。

明治20年頃より岡山県外への出荷を開始。明治36年に牛窓で馬鈴薯(じゃがいも)の秋作が始まると、戦前までは[夏作]カボチャ、[夏~秋作]馬鈴薯という方針で農業経営が行われました。

大正元年の統計資料によれば、耕作面積110ヘクタール、44万貫(約1,600トン)が生産され、牛窓周辺地域は古くからカボチャの一大産地として知られていました。

昭和初期

昭和のはじめ、明治時代より栽培されてきた「田尻縮緬南瓜」に、各地方から導入された“黒皮系”の日本カボチャが交雑して「備前黒皮かぼちゃ」が誕生しました。

※当時、牛窓を中心とした“備前地域”で栽培されていたカボチャを総称して「備前なんきん」と呼んでいました。

昭和8年には、大手種苗会社「タキイ種苗(京都府)」が種子の販売を開始。
当時のカタログには、

備前南瓜(早生縮緬黒皮)

南瓜中もっとも広く栽培されているのはなんといっても本種です。黒皮で美しく縮み、肉厚くしまり甘味に富む豊産種です。

(昭和18年 タキイ種苗目録より)

と掲載されています。

このころ共同での出荷事業がスタートし、昭和12年に牛窓近辺8カ町村による「備前馬鈴薯南瓜協会」が発足しました。

同年に開戦した日中戦争による政府の統制令公布を受けて、昭和15年に「備前青果物統制協会」へと改称。太平洋戦争の戦時体制下には、岡山県内の配給野菜を一手に引き受けて供給したと伝えられます。

戦中~終戦 食糧難時代

終戦前後(昭和19~20年頃)は、米・うどん・パン・砂糖などの配給では十分な食事ができず、特に戦後の物資不足は戦中を上回り、都市部では餓死者も出たといわれます。

そこで街の人たちは農村へ赴き、物々交換で食料を手に入れていました。

牛窓地方はカボチャや芋の栽培に適していたため、米や麦の代用食として備前黒皮かぼちゃが大量に生産され、多くの人が「南瓜(なんきん)で命をつないだ」と語ります。

備前黒皮、昔はこの一種の他はなかった。(中略)何よりも助かったのは、戦時中あらゆる食料品の統制下にも、除外されて重要な命つなぎの一つであった。

(牛窓町師楽 山本満寿一氏)

戦後、親がいろいろな物と交換してこのかぼちゃを手に入れ、食べさせてくれました。掌黄色になるほど食べ空腹を癒してくれました。

(昭和16年生まれ・瀬戸内市在住)

最盛期(1947年~1955年)

昭和26年 岡山県農業試験場 臨時報告
(左)原種が保存された系統
(右)関西に出荷された代表的なもの

昭和24年には、牛窓周辺地域で400ヘクタール、3,000戸の農家によって栽培され、5~7月に7万貫(262トン)を京阪神・北九州に、8月には6万貫(225トン)を岡山県内各地に出荷したとの記録が残ります。

「備前なんきん」は関西市場で人気を博し、かなりの知名度でしたが、個々の農家での自家採種が続いたためいくつもの系統が存在し、品質のバラつきが大きかったとされます。

この頃既に、宮崎県の「日向」など高品質な黒皮カボチャが登場し、人気が高まりつつありました。

備前黒皮の品質向上を目指し、昭和24年に出荷組合が採種園の運営を始めましたが、うまくいかなかったようです。

衰退~復活

昭和30年頃より栽培品種は「備前黒皮」から「新土佐」に変わり、その後「打木赤栗」「芳香青皮」、そしてホクホクとして甘味の強い西洋種「えびす」が主流になりました。

記録が残る平成7年(1995年)時点で、牛窓地域では1農家で20アールが栽培されるのみで、平成14年(2002年)には「商業用には生産されていない」とされています。

昭和62年(1987年)、地域の伝統野菜などの遺伝的資源を保存する「ジーンバンク事業」として、最後のお一人の農家さんから提供を受けた「備前黒皮かぼちゃの種子」が保存されました(岡山県農林水産総合センター野菜研究室)。

また、福井県の種苗会社が福井県内で採種した種子を「備前黒皮縮緬南瓜」として販売していましたが、平成20年(2008年)頃に販売を終了しています。

平成27年(2015年)、「備前黒皮を復活させる会」がジーンバンク事業より種子の譲与を受け、瀬戸内市内での栽培が復活しました。

同時に、前述した牛窓の農家さんが自家用として保存していた種子を「備前黒皮を復活させる会」が譲り受け、試験栽培が始まりました。

「備前黒皮かぼちゃ」種の譲与式

平成30年(2018年)には、10年ぶりに種子の販売が復活。※現在は休止中

令和3年(2021年)、岡山市中央卸売市場の仲買を通じて、商業出荷も再開されています。


【引用書籍】
・岡山の園芸/昭和30年 豊岡治平
・牛窓風土物語 続/昭和48年 牛窓郷土研究会
・むらの記録 師楽/昭和54年 山本満寿一
・牛窓町史 民族編・通史編・資料編Ⅲ/平成6年 牛窓町
・長浜の昔を語る会/平成6年 牛窓町公民館長浜分館
・地方野菜大全/平成14年 タキイ種苗出版部

詳しくは備前黒皮を復活させる会ホームページ「図書館の文献等より抜粋」